■症例014■


[ハンドルネーム:ちかこさん、年齢 :38歳、職業:会社員、性別:女性、住所:兵庫県]

私は多分軽症の方だと思います。小学校低学年の頃は、両目とも1.2くらいの視力がありましたが、6年生の頃には、右目の視力ががた落ちし、左だけがよく見える状態でした。そのころから眼鏡を作っていましたが、度がうまく合わず、眼鏡をかけるとかえって疲れるという状態だったので、かけたりかけなかったり。それでも左目はよく見えていたので大して生活には困りませんでした。

そのまま高校まで過ごし、高校3年の時にはよく見えていた左も、結構不自由(0.2以下)になっていました。自分では、受験勉強のせいだろうとあまり気にもとめず、相変わらず眼鏡はあまりかけませんでした。小学生から高校卒業まで、ほぼ1〜2年に1回の割合で、眼鏡を作り替えていましたが、いつも度は合わず、眼科医にも眼鏡の処方や検診の為に通っていました。この頃は眼鏡は合わない体質なのかと思っていました。

大学に入って、たまたま眼鏡屋さんを変えたところ、一度ちゃんと眼科専門医で見てもらった方が良いですよと言われました。今でもこの眼鏡屋さんには深く感謝しています。それで神戸大学病院の眼科に行って診察を受けたところ、あなたは円錐角膜で、眼鏡では視力は改善しない。病気の進行を予防するためにもハードコンタクトを装着しなさいと言われました。

これが19歳の時です。初めてハードコンタクトを着けた時、大げさでなく世界が変わりました。月が1つに見えました。その時まで7〜8年に渡って、私が眼鏡に費やしてきた費用はなんだったんだい?と思いました。その後はコンタクトを使い続けて20年。私がその後受診した眼科(大阪の岩崎眼科)では、円錐角膜の進行は30歳位で止まりますからと言われ、実際にそれからはあまり進行したような感じはしません。

裸眼の視力はもちろん向上はしませんが、悪くもなっていません。それと最近、久しぶりに眼鏡を作りました。現在は神戸海星病院に行っていますが、生まれて初めて眼鏡で視力が上がりました。勿論コンタクトに比較するとぼやけて見えますが、裸眼では0.1/0.5程度の視力が、眼鏡で0.5/0.7くらいに上がるので、随分生活は助かっています。私の経験から言うと

1:信頼できる眼科医を選択すること
2:上等のコンタクトを作ること

が一番です。30歳過ぎれば、私の場合これ以上悪くならなかったので、気持ちを楽に持って、病気と折り合っていけば良いのではないかなと思います。

[2001年08月17日]


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