■症例044■


[ハンドルネーム:泳ぐなネッシーさん、年齢 :31歳、職業:会社員、性別:男性、住所:広島県]

両目円錐角膜発症から5年、特に円錐度の高い(破れる寸前)の右目を角膜移植して3年が経ちます。左目はHCLによる矯正によって進行を抑えています。発症の確認がされたのが26歳。医者が言うには、30歳をこえると症状は安定するとの事で、左目については現状のままで行こうと思っています。

発症から角膜移植までの決断、手術、拒絶反応等の経緯は皆さんと同じです。これから移植しようか迷っている人、その後の生活の仕方などでいろいろ考えている人がいると思いますので、私の経験と反省を綴ってみますので、参考程度にして下さい。

1:いろんな病院を周り、自分が信頼できる病院、医師をさがす事
角膜が潰れた時の絶望感、病院をたらい回しにされた時の病院への不信感。これらの経験を経て、信頼できる病院と医師に出会ったときの安堵感は今も忘れられない。角膜移植を勧められた時、即答でお願いした。局所麻酔よりも全身麻酔を勧められそのようにした。

2:角膜移植はするべきだと思う
人の目をもらって見えるようになるという認識から、その人のおかげで生きて行けるとまで感謝している。人の命や優しさを身に染みて感じる。将来生きて行く上でとても大切な事だと思う。

3:せっかくもらった目を2度と壊すな
今の私の仕事はPC関係。医者に転属願いを出せと言われている。社会の中では目が悪い人間にPCをさせるという理不尽な出来事も多々ある。最終的には自己管理しかない。これはどんな病気を抱えている人もそうだと思う。それでも他人より目が疲れやすく疲れも残るので、人相や機嫌が悪かったりする事の方が多い。酷いは肩凝りや頭痛、寝起きの悪さ。

4:目薬、風呂、整体が多少私を救っている
目薬は肩身離さず4種類。風呂は疲れをとる為、血行をよくする為。整体では私は他人より首が長く、首の付け根にストレスが溜まるため矯正している。

[2002年08月12日]


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