■症例047■


[ハンドルネーム:BURさん、年齢 :18歳、職業:大学生、性別:女性、住所:埼玉県]

私は幼い頃は視力が良くて、裸眼で両目とも1.0でした。それが高校1年(1999年4月)右0.3、左0.3と急激に下がってしまいました。高校受験で目を使い過ぎたのだし、様子を見てれば良いと思って毎日目薬を差す程度でした。でも度々人の顔がぼやけてはっきり見えず、遠くからでは誰がいるのか分からなかったりして、今思うと友達にはかなり迷惑をかけていた様に思います。

こんな生活が3年間続き、今年(2002年)4月大学に入学しました。教室がかなり広いので、前の方に座っても字がぼやけていて、何が書いてあるのか分からなくなり、眼鏡を作ろうと思って店に行った所、度が出ないから作れないと言われました。私は度とは何なのか知らなかったけれど、想像以上に悪くなっているんだという事は感じとれました。

そこで近所の病院で診察してもらったところ、視力検査中にどのレンズを入れても視力がよくならず、円錐角膜の疑いがあるから紹介状を書いてもらいました。私はこんなにも大変な事になっていたなんてと、もの凄くショックでした。大学病院はとても混んでいました。何人かの先生に診断してもらった結果、円錐角膜のほんの初期なので、ハードコンタクトレンズで矯正ができるという事がわかりました。

コンタクトをするのなんて初めてだったので、入れたあまりの痛みに涙が出てきました。でも入れてみると、今まで見えなかった様々なものがはっきり見えてびっくりしました。しかし本当の苦労はこれからでした。1ヶ月後の検診で大学病院に行ってみると、レンズに傷がついていたのです。大丈夫と言われましたが納得がいかず、家のそばの別な病院で再度診てもらいました。

するとこのレンズを使い続けていると、角膜に傷がついてしまうから、すぐに使うのを止める様に言われました。確かに、レンズを目の中に入れてもずれたり、日によっては中に入らない日もあったのです。また円錐角膜のレンズは特種な医療用コンタクトレンズなので、1度ではすんなり形が決まらないという事も知りました。そこでこの病院にレンズを再度作り直してもらいました。

その病院は円錐角膜や医療用コンタクトに関する知識に富んでる所でした。今はレンズを変えてから2ヶ月位経ちますが、ほとんど目に違和感もなく、視力も右1.0、左1.2にまで回復しました。もちろん遠くからでも人の顔も見えるし、どこに座っても黒板の字も良く見えます。何でも見えるという事で学校も以前より楽しくなった様な気がします。

しかし裸眼になると、見るもの全てにもやがかかっている様で、はっきり見えません。今まで見えると思っていたのは、見えないということに対しての耐性であったのでしょう。それがコンタクトを入れた事によって、はっきり見えなくては気が済まなくなってしまったのだと思います。今言える事は、私の様にならない為に物の見え方がぼやける、見えにくいなどと感じた人は、できるだけ早く病院に行って診てもらうべきです。

また円錐角膜で悩んでいる人は時間がどれだけかかってでも、治療を頑張って下さい。今までよく見えなかったものが見える様になった時の喜びは素晴らしいものです!

[2002年09月16日]


[ 次へ ] [ 戻る ]