■症例048■
[ハンドルネーム:もちさん、年齢 :29歳、職業:会社員、性別:女性、住所:福島県]
私が円錐角膜と診断されたのは高2の時です。元々視力が弱く、眼鏡を使用していました。しょっちゅう眼科へ通っていたのですが、高校生のある日、結膜炎?と思い受診したところ、「大きい病院で診て貰って下さい」と病院を紹介され検査を受け、確定されました。私の場合、左目のカーブがキツいと言われ、それを押さえる為に左目だけ「放射状角膜切開」をしました。
もう10年以上前の事なので詳しく覚えてませんが、その手術を受けたのが丁度夏休みの間で、入院前に必死に宿題を片付けたの事だけ、覚えてます(笑)。その後、コンタクトを使用しましたが、視力は手術前の0.02から0.1へ上がっただけで停滞(右目は0.6位)コンタクトもゴロゴロと痛いだけでさっぱり合わず、担当の先生の横柄な態度にも信頼感を得られず、結局は受診も止めてしまい、数年はそのままの状態でした。
24歳位の時、母の知り合いの方から東京に良い先生がいらっしゃるから、一度診て頂いたらと話を伺い、今更と思いながらも上京して診察して頂きました。診断の結果は何もしなければ、このままの状態でしょう。角膜移植をすれば、視力の変化が臨めると思いますとの事でした。
付き添って来ていた母に手術を受けたいと話してみると、変化しないのなら今のままでいいじゃないと反対されました。母の知人で昔、角膜移植に失敗した方がいるので、不安に思ったようでした。確かに私自身、不安がない訳ではありませんでしたが、何より診て下さった先生に安心感を覚えたし、病院の中の雰囲気にも励まされました。
地元の病院では移植の話などの話を終えて診察室から出ると、物珍しそうにジロジロと見られたりして不快な思いもしましたが、その病院では移植の話などごく普通に流れていて、その状況の中にいるだけで、大丈夫なんじゃないかと思ってしまったのです。後々考えてみると、ちょっと無鉄砲だったかなという気もしましたが、やってから考えるタイプ&お気楽思考の私には、立ち止まれませんでした。
と言うより、お金かけて来たんだしという何とも貧乏臭い考えが働いたのも一因だったかも知れません。渋る母をせっかく生きてるんだからやらせてよと説得し、手続きを済ませ帰宅。その後数カ月で連絡が入り、手術を受けることが出来ました。今ではコンタクト使用で0.8前後の視力を保ってます。(右は裸眼のまま)
まだ不安はあるけど、このHPを見て仲間が居ると知る事が出来ました。皆さん、頑張りましょう〜!!
[2002年09月29日]